「任天童子」の序文を勝手に校正

 任天童子とは、クラブニンテンドーの特典として配布されたニンテンドーDSiウェア*1です。ゲームとしては、ダンジョン探索といふ感じです。舞台設定は、平安時代を土台に任天堂由来の要素*2を加へたものです。
 ここでいふ序文は、ソフトウェア起動からタイトル表示までに表示される物語を指します。文語体で書かれてゐるやうですが、少々気になるところがありましたので、僭越ながら分かる範囲で校正させていただきました。

原文の引用

 振り仮名表示ができませんので、括弧に入れました。ご了承くださいませ。

世(よ)のなかに絶(た)えて戦(いくさ)のなかりせば
人(ひと)の心(こころ)はのどけからまし

帝(みかど)が国(くに)をおさめし、古(いにしえ)の話(はなし)。
天(てん)と地(ち)は神(かみ)が人(ひと)に賜(たま)いし
三種(さんしゅ)の神器(じんぎ)により
和合(わごう)をもってなすこと幾世(いくよ)。

されど地(ち)の異形(いぎょう)つと荒(あら)ぶりて
帝(みかど)より神器(じんぎ)を奪(うば)ふ。

国(くに)は乱(みだ)れ人(ひと)は笑(え)みを失(うしな)ひ、
帝(みかど)おおいに憂(うれ)いし。

神器(じんぎ)、異形(いぎょう)の闇(やみ)に満(み)つ
魔楼閣(まろうかく)の深(ふか)きにあり。
あまたの猛者(もさ)を送(おく)りけむが
誰(たれ)一人(ひとり)として後(のち)の便(たよ)りなし。

帝(みかど)、代々(だいだい)伝(つた)わる言(い)ひ伝(つた)えにて
古都(こと)の守(まも)り神(がみ)に親書(しんしょ)を託(たく)し
天(てん)が選(えら)びし童子(どうじ)をただ待(ま)つ

かくして一人(ひとり)の童子(どうじ) いざ
闇(やみ)を見据(みす)えて 歩(あゆ)みゆかん

この童子(どうじ)、
後(のち)に人(ひと)はこう呼(よ)ぶ――

任天童子 <タイトル表示>

主な指摘箇所

  • 「奪ふ」や「失ひ」など、歴史的仮名遣と思しき箇所がありますが、非常にまちまちで一貫性がありません。文語体で書かれてある以上は、歴史的仮名遣に統一するのが望ましいと思ひます。さう長くない文ですから、面倒臭がらずに辞書を引きませう。
  • 時制の表現が等閑です。語り手の時間関係も曖昧です。
  • 終止形と連体形の区別がついてゐないやうです。
  • 句読点の有無が不統一です。最初の文は和歌なので良いとしても、後の文章には付けておいた方が良いでせう。
  • 帝には最低限の敬語を使ひませう。平安らしさを出すには「させ給ふ」などの二重敬語を用ゐると良いかと思ひます。

※漢字については不問としました。

修正版

上記、敬語以外を修正したものが以下になります。関係のない振り仮名は外しました。

世のなかに絶えて*3戦のなかりせば
人の心はのどけからまし

帝が国をおさめし、をさめたりし*4古(いにしえいにしへ)の話。
天と地は神が人に賜いしひける*5
三種の神器により
和合(わごうわがふ)をもってなすこと幾世。

されど地の異形(いぎょういぎゃう)つと荒ぶりて
帝より神器を奪ふ奪ひてけり*6

国は乱れ人は笑()みを失ひ、
おおいにおほいにいしへけり。*7

神器、異形(いぎょういぎゃう)の闇に満つ
魔楼閣の深きにあり。
あまたの猛者を送りけむがつれど、*8
誰一人として後の便りなし。

帝、代々伝わる伝はる言ひ伝え伝へ*9にて
古都の守り神に親書を託し
天が選びし童子をただ待つ

かくして一人の童子いざ
闇を見据歩みゆか*10*11

この童子をば*12
後に人はこうかく*13びけり*14――

任天童子 <タイトル表示>

序文の内容について

 原文を引用しつつ、気になる点を挙げる程度にとどめます。振り仮名は除きました。

世のなかに絶えて戦のなかりせば
人の心はのどけからまし

 「せば〜まし」といふのは、「反実仮想」の表現です。最初にこの文を見たとき、凝った文語文が続くのかと期待してしまひましたが、期待外れでした。どうやらこの文は古今和歌集の和歌*15の模倣のやうです。それで付け焼き刃でも「反実仮想」の表現が正しく使へたわけですね。
 口語訳すれば、「もしこの世に戦争が無ければ、人心は穏やかだらうに」となります。しかし、この内容はどうも浮いてゐると思ひます。この後の話にも、ゲーム本編にも「戦によって人々が苦しんだ」といふ内容は出て来ません。「平家物語」の「祇園精舎」のやうな体裁にしたかったのだと思はれますが、本編と関係の無い内容では蛇足と言はざるを得ません。

帝が国をおさめし、古の話。
天と地は神が人に賜いし
三種の神器により
和合をもってなすこと幾世。

 帝が国ををさめるのは普通のことなので、最初の文はやや不自然です。今は帝とは呼びませんし、この序文全体がいつの時代に立ってゐるのかが曖昧です。昔話をはじめるときに必要な言葉は、「今は昔」だけで十分かと思ひます。
 「天」「地」「神」「人」「神器」と立て続けに色々出て来ますが、これらについてはゲーム本編でもまともに語られませんので、まるで意味が分からなくなってしまってゐます。後の文を見れば、ここでの「人」は「帝」の事らしいことが分かります。こんなややこしい言い方をせずとも、「帝が神器を有してゐる」といふ内容にすれば良いかと思ひます。
 「三種の神器」がどういふもので、どう平和に役立ってゐたのかが分からないので、それを説明すべきです。

されど地の異形つと荒ぶりて
帝より神器を奪ふ。

 「地」には異形がゐるらしいのですが、「人」が住んでゐるのも「地」なのでせうか。位置関係が全然見えてきません。
 それに、なぜそんなにあっさりと奪はれたのでせうか。神器が不思議な力によって平和を維持してゐたのであれば、悪しきものを寄せ付けない神通力ぐらゐはありさうなものです。また、ゲームをクリアしても、結局なぜ異形が神器を奪ったのかは分からずじまひでした。いきなり出て来て神器を奪って、魔楼閣に引き籠もって、何がしたかったのでせうね。

国は乱れ人は笑みを失ひ、
帝おおいに憂いし。

 具体的なことは何も書かれてゐませんので、やはり「神器」の効力は見えてきません。
 ここからは帝を中心として語られるやうです。

神器、異形の闇に満つ
魔楼閣の深きにあり。
あまたの猛者を送りけむが
誰一人として後の便りなし。

 「異形の闇」とは……?
 猛者を送ったのは帝ですね。

帝、代々伝わる言ひ伝えにて
古都の守り神に親書を託し
天が選びし童子をただ待つ

 妙な重ね言葉にせずとも、「代々の言ひ伝へ」で良かったと思ひます。
 「古都」は現在の東京に対する京都のことなのか、平安京に対する平城京なのか、やはりここも時間が曖昧です。ゲーム本編には平城京は出て来ませんから、京都のことと捉へるしかありません。話しの流れからすれば、単に「都」とする方が自然です。
 「古都の守り神」と「天の神」は違ふものなのでせうか。更にややこしくなってきました。「古都の守り神」は、本編に登場する四神のことだと思はれます。しかし、童子を選ぶのは「天」なのです。「帝」→「古都の守り神」→「天の神」といふ情報の流れになってゐるのでせうか。わけが分かりません。
 「ただ待つ」といふ表現も引っ掛かります。帝は「おほいに憂へて」いらっしゃった筈ですが、どうも臨場感が欠けてゐます。言ひ伝へを信ずるにせよ、不安を覚えないことはないでせう。童子の登場への期待感を増すためにも、ここは帝の苦悩を描く方が良いと思ひます。

まとめ

 投げっぱなしの設定が散見されますし、仮名遣は中途半端ですし、残念ながら雰囲気だけで書かれたものだと判断されても仕方が無い出来だと思ひます。*16
 敬語を省いたり、何もせずに鎮座してゐると読める書き方にしたり、帝の扱ひが酷いと思ひます。これを書いた人は、天皇制廃止論者か何かなのかと邪推したくなります。本作では主人公の成果を最終的に評価する立場の人物ですから、もっと顔を立てるやうにすべきです。
 「昔っぽい言葉」に逃げずに文語で書かうとしたこと自体は評価したいので、もう少し頑張って欲しいと思ひます。語彙に関しては読む側のことも考へれば厳しいと思ひますが、仮名遣や用言の活用や助動詞の使ひ方ぐらゐは何とかなるはずです。
 まともに校正できる人員を開発現場に配置すべきだと思ひます。

ゲーム内容について

 否定的なことばかりでは何なので、少し持ち上げておきます。
 ゲーム自体はローグライクに近いダンジョン探索ゲームです。特徴は以下のとほりです。

  • 移動にもコストが必要なので、無駄な行動が制限されます。
  • 恒常的に敵を攻撃することができません。攻撃用のアイテムが必要になります。
  • 敵の姿は最初は見えません。敵を倒すのではなく、見つからないやうにやり過ごすのが基本戦略となります。
  • 経験値とレベルアップがありません。事実上の能力上昇機能はありますが、敵を倒すだけでは上がりません。

 このやうに様々な制限があるために、力押しでは進めないゲームになってゐます。ボタン連打で進むお手軽ゲームでは満足できない人に向いてゐると思ひます。常に次の手を考へないといけませんので、一旦始めると思はずのめり込んでしまひます。誤って敵にぶつかってしまったときには、本当に冷や冷やさせられました。「洗練された隠れん坊」とでも言ふべきでせうか。よくできてゐると思ひます。

*1:ニンテンドー3DSでしか遊べないさうです。

*2:主に秘宝といふアイテムの形で登場します。

*3:「絶ゆ」はヤ行動詞なので、「絶えて」で合ってゐます。

*4:あまり必要無いかもしれませんが、存続の「たり」を加へて、直感的に「をさめてゐた」と置き換へられるやうにしました。

*5:「し」(「き」の連体形)は直接体験の過去と呼ばれるものなので、ここでは避けました。

*6:「奪ふ」といふ行為はここで完結してゐると考へられますので、完了表現にするのが適切でせう。

*7:「憂ふ」は本来は下二段活用です。

*8:「けむ」は過去推量の助動詞ですが、ここで突然推量が入ってくるのは変です。また、逆接は「已然形+ど」の形にしました。

*9:「伝ふ」「伝はる」「伝へる」はいづれもハ行動詞です。

*10:間違ひとは言ひ切れませんが、上に「けむ」がありましたので、「む」に合はせました。「けむ」は削除しましたが……。

*11:ここで童子の行動が一人称的に語られるのには違和感を覚えますが、文学的には許容範囲でせうか。

*12:童子が主格に見えるので、目的格であることを明確にしました。

*13:指示語の「かう」は「かく」のウ音便です。

*14:最後なので、「けり」を付けました。

*15:「世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」在原業平

*16:ゲーム本編に「都の宴」といふイベントがいくつかありますが、それらも同様です。手間なので、そこまで校正はしません。